【人的資本経営についての考察】第1回 なぜバズったのか

2025年5月1日人的資本経営についての考察

こんにちは!

今回は人事領域においてホットな話題の1つである人的資本経営(Human Capital Managementについて、多面的に考察してみたいと思います。

数回にわたる記事になりますが、まずはそもそも人的資本経営とは何かいつどのようにして生まれた概念か日本においてどのように受け止められているのか、概観していきます。

人的資本経営とは、何か。

端的に言うならば、人材を「資源(Resource)」ではなく「資本(Capital)」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方を意味します。

すなわち、

  1. 人材は単なる成長することのない労働力ではなく、投資をすることで新たな価値を生み出す担い手である(=人的資本)
  2. 人材の価値を最大化することが中長期的な企業価値の最大化に繋がる

上記2点を前提とする経営手法のことを指します。

ではこの概念はいつ、どのようにして作られたのか。

実は「人的資本」という概念自体はそれほど新しいものではなく、世界的に見ればアダム・スミスが1776年に出版した『国富論(The Wealth of Nations)』でも確認できるように、少なくとも200年以上前から存在していた概念です。

(もっとも、スミス自体は「人的資本(Human Capital)」という言葉は使っておらず、ノーベル経済学賞を受賞したゲイリー・ベッカーやセオドア・シュルツらによって1960年代に「人的資本」として再定義されたのですが。)

そしてこの概念はベッカーやシュルツらの研究成果もあり、1970年代になってようやく人事管理の文脈で経営と結びついて使われる概念になります。

日本においても、ベッカーの『人的資本(Human Capital: A Theoretical and Empirical Analysis, with Special Reference to Education)』の邦訳が1976年に出版されたこともあり、少なくとも1990年代には使われていました。つまり、日本に約30年前には存在していた概念なのです。

では、なぜおよそ30年前から存在した概念がここ数年でこれほど唱えられるようになったのでしょうか。

これには、少なくとも3つの要因があるように思われます。

第一に経済産業省が2020年に「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の報告書、通称「人材版伊藤レポート」を公表したこと

第二に2022年に内閣官房が「人的資本可視化指針」を発表したこと

第三に金融庁が2023年より有価証券報告書を発行する大手企業4,000社に対して人的資本に関する「戦略」と「指標及び目標」の開示を義務化したこと

が挙げられます。

まずは第一の要因について見ていきましょう。

「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」とは、経営環境の変化に応じた人材戦略の構築を促し、中長期的な企業価値の向上につなげる観点から、2020年に複数回にわたって開催された研究会です。同研究会では人材戦略に関する経営陣、取締役、投資家それぞれの役割や、投資家との対話の在り方、関係者の行動変容を促す方策などが検討されました。そして、その成果として「人材版伊藤レポート」が公表されました。


※「伊藤」とは現一橋大学名誉教授の伊藤邦雄氏のことで、彼が座長を務めた経済産業省の「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクトの最終報告は「伊藤レポート」として知られています。Wikipediaをはじめ、様々なところに情報が掲載されていますので、詳しく知りたい方は是非調べてみてください。

このレポートでは、人材を「資源」ではなく「資本」とみなすべきことや人材戦略を経営戦略に連動させる必要があること、CHROの設置とその役割などが論じられています。

次に第二の要因について見ていきます。

「人的資本可視化指針」とは、内閣官房が開催する「非財務情報可視化研究会」が発表した資料です。この研究会は株主との意思疎通を図るべく、人的資本などの非財務情報の価値を評価する方法を検討するために作られた研究会であり、前述の「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の座長でもある伊藤邦雄氏が座長を務めております。

資料内にて「人材版伊藤レポート」と併せて活用することが推奨されており、人的資本を可視化する方法とそのステップについて、記載されております。

最後に第三の要因とは何か。

金融庁は2001年に金融審議会金融分科会第一部会の下に、「ディスクロージャーワーキング・グループ」(以下WG)を設置しました。このWGは「個人投資家にとって魅力ある投資信託の実現」を担うべく、設置されました。結成当初から、後々には「ディスクロージャー制度における中長期的な視野も踏まえた課題」について取り組むことを明言しています。

このWGは2022年、非財務情報に関する開示を充実させるべく、有価証券報告書にサステナビリティに関する考え方や取り組みについて記載することを義務化すると発表し、その中に人的資本に関する情報を位置付けています。そして2023年1月に同WGからの提言を踏まえて内閣府令が発令され、有価証券報告書/有価証券届出書に記載すべき事項が改正されました。こうして、2023年3月期決算以降、有価証券報告書を発行する大手企業4,000社に対して人的資本に関する「戦略」と「指標及び目標」の開示を義務化されました。

以上3点を挙げましたが、アメリカでの人的資本開示の義務化やISO30414の発表など、他の要因もあるかもしれません。しかし、上記3点が近年の「人的資本経営」という概念/言葉を広める要因となったことは、読者の皆様の多くが同意すると思われるため、他の要因については差し当たり触れないことにします。

また、それぞれの点は相互に影響し合っている点で互いに独立ではないというお声もあるかと思いますが、ここでは「人的資本経営」が広まることとなった因果関係について厳密に論じることではなく、ゆるやかな意味での影響関係を示すことを目的としているため、この点について深入りしません。むしろ注目すべきは、経済産業省、内閣官房、金融庁と政府が主導する形で日本の人的資本経営が推進されているという点ではないでしょうか。

このように、「人的資本」という概念そのものは200年以上前から存在した概念であり、日本にも1990年代には輸入されていた概念であったにもかかわらず、2020年頃になって盛んに唱えられるようになったことを確認しました。そしてそれは、政府が主導する形で多くの民間企業に浸透していったのです。

こうして見てみると、1990年代当初日本に根付かなかった人的資本経営が、2020年頃になって(政府にとって)根付かせねばならないものへと変容し、その結果ここ数年で少なくとも概念として浸透してきたということがわかるでしょう。

しかし、人的資本経営という概念が浸透してきているという話と、実際に人的資本経営が浸透してきているか或いは(効果的に)実践されているかという話は異なります。そこで以降では、こうして浸透していった人的資本経営という概念が効果的に実践されているかどうかを確かめるべく、その方法について見ていくことにします。

Profile
Director
春日 亮佑

ラ・サール学園高校、東京大学を経て、東京大学大学院在学中に、日本学術振興会特別研究員に採択。SFJに参画後は研究者として培ったリサーチ能力と論理的思考力を活かし、CxOや新規事業責任者など重要ポジションにおいて、豊富なプレイスメント実績を誇る。日本社会のDXを推進すべく、2023年よりSFJ NEXTに参画。
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